院別当の君日記


長月


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   葉月                神無月  



長月二日

院、管弦の試みせさせ給ふべう
忍びて御渡りありつるに
相川左兵衛督、権少将、小式部内侍
大嶋将曹、山中刑部少禄、
人あまたさぶらひつ
楽の音尽くさむとてもてなさせ給ひつるこそ
いとめでたかりつれ



長月三日

左兵衛督、宿直したりつるに
小式部内侍さぶらひつ
方違へせむとて近き程に渡りける
富樫検非違使判官、参りつ



長月四日

御宴にとて
右近三位中将をはじめ奉り、
左兵衛督、権少将、小式部内侍
富樫検非違使判官
山中刑部少禄、大嶋将曹など
上下あまたさぶらひつる中に
院、おはしまして、いとめでたき御宴にこそ



長月五日

雨降りわたりぬ



長月六日

御物忌みとて
籠りおはしましぬ



長月十一日

久しき御物忌み明けにとて
管弦の御遊びせさせ給ひつるに
小式部内侍、権少将、
刑部大禄、将曹
伊勢守さぶらひて
調べ合はせつるこそ



長月十三日

妃女御などおはしまして
院に御物語などし給ひつるに
大蔵卿、近うさぶらひ給ひて
めづらしき物など奉り給ひつ



長月十四日

権少将、宿直しつるに
院にも大殿籠らで絵など御覧じつつ
物語りなどせさせ給ひつ



長月十五日

右近中将、いとおどろおどろしき
六道絵とかいふなるを持て
参りつれば、
院、御覧じて
興じさせ給ひつ




長月十九日

宮の御ゆかりあるといふなる所に
管弦の御遊びとて
院まかでさせ給ひて
真木の君、渡辺宰相
左兵衛督さぶらひけるなかに
おはしましつ
いとめでたき調べ合せて
いふもおろかなり



長月二十一日

この日、はた管弦の御遊びにとて
生田といふなるへまかでさせ給ひつるに
この日の君達あまたさぶらひて
いと弾くに難きわざなど
ものすれば、院、少し惑はせ給ひて
調べに乱れさせ給ふところありとて
いと口惜しがらせ給ひつ



長月二十五日

管弦の御試みせさせ給ふとて
御渡りありつるに
小式部内侍、権少将
伊勢守参りつ
妻戸が脇にて
左兵衛督ゐつるに
おはしまして
「けふの雨、楽の音にあひて
あはれにこそ聞こゆれ」と
ひとりごちたるやうに
のたまひつるこそあはれなれ





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