院別当の君日記



葉月



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葉月一日

御物忌み久しくなりぬれば
さぶらふ人も少なかりぬ



葉月四日

院の御物、ふりにたるところあれば
山口修理少進(しゅりのしょうじょう)
院宣承りて
仕まつり果てつれば
院嬉しがらせ給ひて禄など
賜はしつ

御物忌みあけとて
中の江の少納言、宿直し給ひつるに
夜も更けぬる程、
小松野物の怪、にはかに出でつ
いとにくげなるつらつき
いみじういやしき様して
院が御門の脇に立ちて
おどろおどろしき声して言い騒ぐ気色
いふかひなくあさましかりけり
右近中将、わりなきこともこそとて
御自ら御門に出でて、
「など、さ卑しき身ながら
参りて出づるぞ」と
問ひ給ひつるに
小松野の物の怪
「院の内より楽の音聞こえて
侍れば」などあさましう言ひけるに
院には楽の御遊びしさらになければ
さぶらひつる人、皆いと怒りて
「あな、にくき空言いふ物の怪かな
空言をかごとにつくり出でて、なのめにも
参るよ
疾く去ね」
など言ひやりけるに失せぬ
ひと時ばかり経る程、
小松野物の怪、母なるめる物の怪率いて
はた出でにけり
「な参りそ」と言ひし程に
はた参りつるあさましさに
院かしこくも、いたう怒らせ給ひて
「この小松野物の怪、
いふかひなくなのめなり」
とて、検非違使なども召して
調伏・討伐の院宣仰せたりつ
いともにくき物の怪にこそ
右近中将、何事をも
いと憎う思すことのなき中将にて
おはすれど、この度のことには
いみじう心騒ぎておはすめり
人々、「小松野物の怪こそ
ゆめえ許すまじきものなれ」と
思ひてむ



葉月五日

小松野物の怪出でたるを聞けば
権少将いとあさましう思ひて
今宵もぞとて宿直したりつ
右近中将もはた宿直し給ひて
近うさぶらひ給へり



葉月六日

右近中将、宴し給ひて
院おはしましつ

いくた山の里に渡らせ給ひて
管弦の試みせさせ給へるに
小式部内侍、権少将
伊勢守、大嶋将曹、巌将監さぶらひつ



葉月八日

この日も、はた、管弦の試みせさせ給ふとて
渡らせ給へり
朝より小式部内侍
巌将監さぶらひて、
少し時経て
大嶋将曹、伊勢守、
山中刑部少禄、権少将など参れり



葉月十日

真木の君より消息ありつ
院をば見奉らばやと思ひつる心にて
そのよし聞こえさすれば、
「三日、四日経る程に」と
院のたまひしかば、
さるべきまうけせむとす



葉月十二日

院におはしましつるに
小式部内侍より使ありつ

中宮内侍より消息ありて
程なき院のみゆき待ち給ひたるとぞ



葉月十三日

この月、いと物の怪の多かりつる月
にて、人々心騒ぎてさぶらひつ

黒沼といふ沼なる物の怪出でて、
長けたる人に様々申してむに、人を謀りて
物をば得てむとしつるとか
あさましきことにぞ覚ゆる
院にさぶらひたる人にも
様々言ひて、物得てむとしけることを
聞こし召して、
「かかるあやなき者こそえ許すまじけれ」とて
調伏仰せたりつ
十七日ばかりには験あらむと
聞けば、心安し

年頃出でて、わりなきわざ、
なのめにものしたる小松野物の怪、
院自ら、さる人に仰せたれば
承りて、この物の怪に
「何事あらむにも、院に参らざりつべし」と
命じて、契りたりつると聞きつ

物の怪の御悩みむげに多ければ
祓しつべきよし推し申さむとこそ覚ゆれ




葉月十四日

宵つ方
相川左兵衛督、権少将、
伊勢守、大嶋将曹などさぶらひて
物語などせさせたまひつ
夜も更けぬるに
渡辺宰相、真木の君、
方違へし給ふとて渡り
給へば、
院、おはしまして、
夜語りにものせさせ給ひつ



葉月十五日

右近中将、歌枕見給ふとて
陸奥に下り給へり



葉月十六日

院、里に渡らせ給ふ



葉月十七日

里におはしましつ
雨の降りわたりて
御格子参りわたりつ



葉月二十日

里より院に入らせ給ひつ
右近中将、歌枕見給ひつるとて
参りつ



葉月二十三日

院にて宴あるに
内膳、小式部内侍さぶらひて
権少将参りつ
右近中将、少し時経て参れり
外つ国がめでたき絵ども御覧じ入れ奉らむとて
方々諮り給ひつ





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