春の火桶
きさらぎばかり、日ひとひ、雪の降りて
いと寒き日のありければ、
院のうち、御格子などおろしわたりけるに、
人の使とて、
清らなる女童の火桶持て参りけり
「春にこそつきづきしき景色ならね」
と思し召しておはしましけるなかに、
火桶をば差し入れ奉りければ、
梅香少し取り混ぜて入れたるにやありけむ、
ほのかに梅の香のしけり
心にくしと思されて、
火桶の内を御覧じ入れば、
銀の炭箸に
薄紅梅の薄様結びて
ありけり
引き取らせ給ひて、
御覧じ給へば
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梅の香の 匂ひおこせば 今をしも
春や来つると 冬のゆきなむ
はや、春とは思ひ給ふるに
とありけるを、あはれにをかしと
思されければ、やがて返事すべしとて
いみじう紅き薄様に詠ませ給ひける
雪ならで これをこそ見め 匂ひたつ
梅にそふべき 春のたよりに
さて、例の絵、餅だんなど包みて給はしけるとか
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