絹のあかき ![]() 院にさぶらひける人のあづまに下りけるが、 いとめでたき絹ども得たりけりとて、 院におこし奉りけり 院、これを御覧じて 「あな、めでたの絹どもかな このあかきは殊にめでたし かうめでたきを、ただ、 とみに縫はせなどせむに、 あぢきなければ、さはせで、 あはれ知る人にやりて 何にせむとは問はばや」 と思しめしけり 年頃、院に宿直などして 夜語りなどし給ひけるに、 世づきたる中にはあらぬ内侍の おはしけるを、思し召し出だしければ、 この内侍にと思されけるに、 この内侍、物詣でし給ひたりけり 院、いとあかき絹の巻いたるに、 はつかに色つきたる 紅葉の枝をば添へさせ給ひて、 葉に あづま路の 山の紅葉は かくとしも 色づき染むる 心をやしる ![]() と、たまはしければ、十日ばかり後、 いと清げなる童の いとめでたき蒔絵したる 櫃持ちたるが参りけり 何ぞと うち入れて御覧じければ、 いとめでたき袴になしてありけるに 腰の紐いと強う引き結びてありけり 紅の薄様差し入れてありける 世の秋を 見むに色にや 染みにける 下解きて問へ 身にはしられじ あまたたび、あき見たる袴なるめれば、 その心しりて侍らむ 院、いとをかしがらせ給ひて、 「かう、心しりてこそ、 めでたき袴になしたりけれ 『知られじ』と言ひし事の心にくさ」 とのたまひて笑はせ給ひけり |