雪の日に

 

  院の御もの詣でせさせ給はんとしけるに、
  雪のいたう降りわたりければ、
  え詣でさせ給はずなりにけり


せんかたなしとて
おはしましけるに、
つれづれにとて
思し召し立ちて
近うさぶらひける女房に

「対の女房ども
何してあるぞ」

と問はせ給ひにければ、

「まゐらすべき
御衣などこそ縫ひ
奉りて侍れ」と
聞こえけるを

聞こし召して
うちゑませ給ひて

「たはぶれにものせむ 今より見むことをゆめな明かしそ。
をんなのすなる縫ふといふことををとこも」

とて女房五たり六たりまう上らせさせ給ひにけり。
色々の御衣を奉りて
うち打ちとけたる御姿にて
おはしましけるに、
四方に御几帳をひきめぐらせ
させ給ひて、御烏帽子さへ
かくるるばかりにせさせ給ひにけり

さて四方の御几帳に籠められつつ、
西の対へ渡らせ給ひければ、
対の女房あやしがりけるを、
御几帳持ちたるが

「方違へし給ふべき御方の『雪いと深ければつらし』とて
 あからさまにおはして侍り」

 と言ひければ、屏風などまうけしけるに、
 入らせ給ひて物ものたまはでおはしましけり

御几帳の内なる人のものものたまはで、
ゐておはしましければ、
対の女房の屏風を隔ててゐけるが

「雪を深み 春まつ鳥の 声をだに 
      ふりつむしたに こめてけるかな」

 

と詠み出だしければ、扇を取り出ださせ給ひて、

 

「まだしとて 雪ふるしたに なく声も 
       ねだにゆるさじ うぐひすの関」

さらに、扇がうらに

 

「越えむには 関もる神に たむくべき 
        ゆきをとくてふ 衣縫はばや」

 

と書かせ給ひて屏風の端よりさし出でさせさせ給へども、
さらに物ものたまはざりけり

この女房、おはしましけるが院とも知らでありければ、
いぶかしともゆかしとも覚えて、
櫃なる絹とりてさし入れ奉りにけり


 夕さり、対の女房縫ひはてたりけるは、
香など焚き染めて物語などしけるに、
やをら屏風押しやらせ給ひて
あらはれ出でさせ給ひければ、
見奉るより驚きさはぎて
「などかうはおはしまし侍る」など申しければ、
高欄にうちかかれる梅の枝につみける雪を
御自ら御手にむすびて持ておはしまして詠ませ給ひける


「雪の下に 春まつ心 しのぶれど 
       思わぬ梅の 香にぞときぬる」

                     
女房笑ひて、
「めづらしげなるうぐひすの声聞こえてはべり」とて

「春ごとに なれにし鳥の 声ならで 
         まだしきほどに 聞こえけるかな」

と詠み聞こえければ、いと笑はせ給ひて
「あな、このうぐひすの関守こそおそろしけれ」とて
縫はせ給ひし御衣をばかづかせ給ひて
「こと所にしも春告ぐべき身なれば」とて
逃げ出でさせ給ひけることこそをかしかりけれ

 

 



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