右近中将物語 現代語訳




注意

だいたいの意訳です。古典の勉強ではないので、
歌の細かい技法などの解説は極力省き
掛詞など、意味を汲みとる上で必要なもののみ
簡単に解説する場合がある
という程度にしたいと思います。


  右近衛府の中将様が、まだ少将でいらした時、
 蹴鞠(けまり)というスポーツが
 お上手でいらっしゃったので
 世間でも評判でいらっしゃいました。

  花見の宴のような場合にも
 この少将の蹴鞠が見事でしたので
 院の御所にも招かれる程でした。

 多くの君達(きんだち)が、(蹴鞠の勝負で)
 この少将に何とかして勝ってやろうと
 蹴鞠に挑みましたが、少将には勝つことができませんでした。



  少将は(蹴鞠が得意なだけではなく)
 お気持ちもりっぱな方でしたので
 右近衛府の中将に昇進なさいました。

 二年程たった頃に
 院の御所で宴が催されることになったのですが
 この中将は、蹴鞠を(院に)お見せ申しあげようと
 この宴に参上しました。
 蹴鞠も終わって、夜がやってきたころ
 院をはじめとする皆様、君達なども
 院の御所の風香殿で管弦など音楽の会を催されました。

 右近の中将は、少しお酒に酔ってしまわれたので
 鼓(つづみ《小さな太鼓》)
 を持って、それを打ちながら
 院の御所の庭に流れている小さな川にそって
 歩かれ、そこに蛍が飛んでいるのを見て
 なんとなく、


  焦がれつつ ねにも出でずは 恋ふ方に
            路照らしてよ 我告げてむに


 (訳)  身を焦がしていながらも 言葉に出さずに
      (ただただ恋に身を焦がして)いる蛍よ。
      恋う方へ道を照らしなさい。
      私が代わりにその気持ちを伝えてやるから。

      いったい誰にそんなに恋をしているのだね



 と、ひとりごとを仰って、飛び違っている蛍を
 追っかけたりなさっていました。


   (この中将のひとりごとをたまたま)
   建物の端の方まで出て
   蛍を見ていた別当(べっとう)の君が聞いていて
   「あはれ」に思われて、言うともなく


    そことこそ 方しも分かね さみだれて
          あやめも知らぬ 恋の路かな


 (掛詞) 五月雨(さみだれ)・そのように心乱れて(さみだれ) 

 (訳)「そっち」が恋する方向だとも分からないほど
    恋に心乱れています。
    そのように物事の道理も分からなくなってしまうような
    恋の路ですので

   っと、(中将の歌に返歌するように)口ずさんだところ
   中将は飛んでいる蛍を追って、
   この別当の君が座っている西側の部屋のすぐ近くまで
   ちょうどお寄りになっていたとこでしたので
   (別当の君の詠んだ歌が)聞くともなく聞こえてきたのを
   大変趣深くお思いになって、


    思ひには 誘はれつつも この方に
         あやなき身こそ 引きも寄らるれ


  (掛詞) おもひ  思ひ・(蛍の)灯
 
  (訳)  恋する「思い」と蛍の灯(ひ)に誘われながら
      こちらの方向(別当の君のいる場所)に
      引き寄せられて来てしまいました。
      (とるに足らない私のような者ですが)

 と、歌を詠まれて建物へ上がる階段を御上りになって
   高蘭(こうらん・ベランダの柵)にもたれかかってお座りに
   なりました。


 別当の君は、思いもよらず中将が近づいて来られたので、
 恐ろしくて何も申し上げず、几帳(きちょう・部屋を仕切る道具)
 を立てて、中将との間に隔て置いて座っていたところ、
 右近の中将は
  「冷たいことですね。せめてお声だけでも
        (こちらに掛けてください)」と
 仰ったのですが、別当の君は何も申し上げませんでした。
 右近の中将は残念にお思いになって
 御簾(みす・竹でできたカーテンのようなもの)を
 手で押しやって、
   「(今こうしていることを)
    無作法で失礼なこととはお思いにならないでください。
    蛍が(苦しい恋心に身を)焦がれているのと同じなのです。」
 と仰って、部屋にお入りになりました。

           
  夜もふけた頃、(風香殿で宴をしていた)君達が
  大変酔っている中に
  右近の中将はいらっしゃらなかったので
  不思議がって、
  「右近の中将は、どちらにいらっしゃるのだ」と

  こちらの(別当の君と中将のいる部屋)の方に
  やって来たので、右近の中将は

   「まだ明け方のお別れの時間ではないですが

 どうしようもなく噂になってしまっては(大変だ)
 また、明日か明後日にでも」と
 約束の証拠の意味で(自身の)扇を置かれて
 静かにドアから出て行かれました。
        
  (中将を探していた)君達は、西の御部屋の前に
  流れている庭の川の辺りで、右近の中将を
  見つけ申し上げて
   「このようなところで、何をしていらっしゃるのですか」と
     お尋ね申し上げると、
   
 (中将は)
   「路に迷ってしまっている蛍に
    『誰に恋して、このように(恋の)路に迷っているのだ』と
     思われて、蛍を追っていたところ、
     扇をどこかに落としてしまいました。
     探しているのですが、
     この辺りでは見つけられませんでした。
     南のお部屋の方に(きっとあるのでしょう)」と
 南の御部屋の方へ渡って行かれました。


 風香殿にお戻りになったところ、
 君達がこのことを院に申し上げたのを
 院はお聞きになって、
 右近の中将をお召しになって、
 御盃を中将に一杯お与えになろうと仰って、
 右近の中将を近くに控えさせられたところ
 その御盃の内側には歌が書いてあるだけでした。


 短夜の ねにわびつらむ 蛍火の
         色ことざまに 見えもするかな


    (掛詞) 音・寝

 (歌の意味) 短い夜の 音楽の音を悲しく思っている
          せいでしょうか
          蛍の灯火の色がいつもとは違って見えます。

 (裏の意味) 夏の夜の短い恋人との添い寝を悲しく思って
          いるのですね
          蛍のように口で言わない秘めた恋をしている
          あなた(中将)の顔色はいつもと違いますよ

 院は、
 「蛍の(ような恋をしている)中将よ、どちらの方に
  あこがれ出かけていたのだ」と仰ってお笑いになりました。


 右近の中将は、大変誠実な人で
 別当の君も大切にされました。

    心も大変立派な方でいらっしゃったので
    寵愛も大変なもので、
    「三位」の位までお与えになられたのですが、
    人から「三位の中将様」と呼ばれても
    「自分には恐れ多過ぎるので」と
    お返事もされないので、
    特別に御許しがあって、
    三位の中将とはお呼びしないで
    ただ「右近の中将」と皆お呼びしたとか
    とのことです。
 
 

  






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