月夜見(つくよみ)
   の琵琶(ひは)

                       



 院の御物につくよみといふ、

 いとめでたき琵琶の御琴ありけり

 右近中将、ものし給ふべきことどもありければ、

 院に参りけるに、東庇に君達あまた

 居なみ給ひにければ、

 入りて物語などし給ひけり


 夕さり、院のくれなゐの御袴に

 白重ねをしどけなうたてまつりて、

 
 にはかにおはしましけり


  「今宵の月こそいとめでたけれ  

      かかる夜は何事かせむ」
 
 とのたまひければ、

 君達あはれなることども聞こえ給ひける中に

 右近中将、「しばし」とて内に入り給ひて、
 
 御障子のもとなりける琵琶を取り給ひて


 これならで つきづきしきは しらぬひの

       音をつくしてよ 月夜見のひは

とて奉り給ひければ、

院、うち笑ませ給ひて、

 御文箱のもとより、

 御撥取り出ださせ、

 持たせさせ給ひて、


  「さらば」とて

 「『これならば 月見る夜にぞ なりぬべき

    音をばいづれのはち(撥)に出づべき』

  知らぬ火のはちはち(撥撥)と

  燃ゆるなるをまかでて取りて来ましを」

  とのたまひければ、

  君達ある限り笑ひ給ひけり