院別当の君日記

平成二十年



弥生 卯月 皐月 水無月 文月
葉月、長月、神無月、霜月、師走



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障ることどもありてえ書かぬ日
多くてなむ日いと過ぎぬる
思ひ出でつつ書くなり


弥生一日

つくし弾正弼より文ありて
内の何とかといふもののけ

指いといたし
筝つま弾くにえせずは
口惜し
などいひて人をたばかりて
あはれなど思ひつる人を
あさましう貶めむとしたるとか
いとむくつけなるや



弥生二日

宮の内侍より御文あり



弥生八日

中の江の少納言
管弦の御遊びに
めでたき楽あまたものするよし
文にて申したるめり



弥生十三日

信濃国にめでたき御山ありと
聞こし召して参籠せさせ給ひにたり
十九日かへらせ給ふよし
おほせたり



弥生二十一日

衛門督、とのゐにさぶらひつ



弥生二十七日

中の江の少納言
院のめでたくおぼしたる楽など
ものせむなど文おこし奉りたれば
いと喜ばせ給ひたり



卯月


卯月三日

衛門督、とのゐにさぶらひつるに
出で湯になどさぶらはむなど
申したり



卯月六日



花のいとめでたう咲き満つれば
いでとて忍びて出でさせ
たまひぬれど御心承りたる人々
われはとてさぶらひぬ



卯月九日

少将もの憑きてあるを
心安からず思し召して
勾当内侍におほせたるに
内侍、とかくさるべき沙汰して
御文など奉りたり



卯月一四日

衛門督、宿直(とのゐ)にさぶらひつ



卯月二十七日

少将、あさましうなりにたるに
さるべきしるしもあらで
ただ懸想(けさう)じたるよし
あはれに思し召す



卯月二十八日

衛門督、とのゐにさぶらひつ
院にはにはかに御病の
御気色にてさるべきいのりなど
したるよしつとめて申しつ




皐月


皐月一日

衛門督、とのゐにさぶらひつ



皐月三日

甲斐国にいと清らなる
水の出でたるところありと
聞こし召して
忍びてくだらせ給ひつ
衛門督、左兵衛督、修理亮、
大蔵輔、つくしの弾正、長内相模守
みやのべの院宣旨、七重勾当内侍、
平井みはの君
朝倉尚書、駿河の君などさぶらひつ



皐月六日

修理亮なめきこと
つかうまつりたることをば
あがなひてしがななど申したるめり



皐月七日

御母女院より御ふみあり

衛門督、とのゐにさぶらひぬ



皐月十三日

弾正、つらきことども
多しなど文おこせたり



皐月十四日

宮の内侍より
明日は葵かざす祭りときくに

神さびぬ賀茂のあふひのこの日だに
人に遭はずて過ぐしてや経る



皐月十七日

院の楽所、御宴あり



皐月三十一日

管弦の御遊びあり
暁ばかりまで遊ばせたまひぬ



水無月


水無月一日

例の御所がほど近う
めでたき山すそあるに
それに修理亮、大蔵輔、
少将、院宣旨など遊びしたるなど
聞こし召して
御覧じにまかりいでさせ
給ひにたり



水無月五日

楽所、院の仰せたりしに
朝倉尚書いとめでたくもの
しなしたれば、やうやう局ふた間さへ
得たりと聞こし召していとめでたがらせ給ひぬ
試みが局と人々呼ぶに
少し興なき心地せさせ給ふも
便あればよしなどのたまふも
をかし



水無月十日

衛門督、奉るべきものなどもて
とのゐにまいるべきよし消息あり



水無月十二日

衛門督、少し懸想じて
もの憑きたるやうなるも
心安からず思し召す



水無月十六日

衛門督とのゐにさぶらひぬ



水無月十七日

真紀の君より御ふみあり
いと喜ばせたまふ



文月


文月一日

菊地陸奥守、とのゐにさぶらひぬ



文月十二日

管弦の御遊びあり
常の御所にはあらで
翠上殿などいふ殿にてものせしを
愛でたきさまなれば
喜びおはしますこそうれしけれ



文月十三日

君達、女君あまたさぶらひて
組紐など御てづからものせさせ給ひぬ
人々、思ひたるものなどしなして
めでたくしなさむなど思ひたるに
あさましう破れたるさまになるも
糸、手足などにからみて
いとすさまじきさまにて
うちののしりたる様も
かかるあひだなればをかし



文月十四日

修理亮、とのゐにさぶらひぬ



文月十八日

衛門督いとあさましう
心なきまでものつきて
懸想じたるに
いとあさましう院をば
謀り奉りてあるを後にしるも
いとあさましう口惜しう
腹立つことにのみぞおぼゆる

御衣どももとめて
まかり出でさせたまふに
さぶらはむなどいひて
いとなのめにし果てて
それをばかごとにて
女をのみねむごろに求め
たる
むくつけきさまかな



文月二十三日

駿河の君、めでたき璽を求めたるに
いとよきを得たりとて
楽所が璽としなしたる
いとめでたし



文月二十六日

楽所が事、あまた沙汰すべきことありとて
参りさしつどひたり



文月二十九日

めでたき浜をば御覧じてしがな
などのたまへば
忍びて御渡らせ給いひぬ
伊豆なり
人あまたさぶらひつ



文月三十日

真紀の君の御もとにぞ
忍びて御渡らせ給ひぬ
しどけなう御物語などして
ゆるるかにすぐさせ給ひたり



葉月


葉月四日

修理亮、宿直(とのゐ)にさぶらひつ



葉月七日

宮の内侍より御ふみあり
めでたき高麗笛得たるとかや
音をばきかばやなど
のたまふもをかし



葉月九日

管弦の御遊びあり
例の暁ばかりまで遊ばせ給ひつ
衛門督、院をば謀りつつは
南へ下り、今かへりつきたりなど
文おこし奉りたり
かたはらいたし



葉月十三日

高田小宰相、いとひさしう
西国へ下りてまうのぼらで
ありしにあからさまに
見えたてまつらばやとて
参りたり
喜ばせたまふもめでたし



葉月十八日

緑内膳より院に参るべきよしなど
御ふみあり



葉月二十八日

衛門督、とのゐにさぶらひぬ



長月


この月いとおどろおどろしきことあまたありて
もの騒がしう世の中波立つこと多ければ
御心いと深う悩ませ給ひて
いふかひなく篤しくならせ給ひにたり

さるべき祈りども、人々さぶらひて
つかうまつりたるに
御病おもりにたれば
みな安からずさぶらひつ

院にもわれかひとかの御気色におはしませば
いづれのことともあやには知らぬことども
いと多ければ思ひ出でて書かむ


長月一日

葉月三十一日夜
衛門督にものつきたるに
はや心なくあさましうむくつけきさまに
なりにたればなのめに
なめきことどもし奉りたれば
長月一日ばかりはてぬるほどに
ひとたび鎮まりぬ



長月二日

衛門督さらにあさましうなりにたる
三日もなほ

長月四日より参籠せさせ給ひぬるに
篤しくなりにたれば心安からず

長月十三日

衛門督まかりぬ

この程、院にはわれかひとかの御気色にて
ものも覚えずおはします
この日記に書くべき事どもも覚えずなむある



神無月


御物忌み


霜月

霜月
ついたち二日ばかり
楽所(がくそ)に宴あるに
御病やうやうおこたりがちに
なれり
これまで人つねに院にさぶらひて
さるべき祈り加治もの奉り
仕へまつりなどして
昼夜なうさぶらひたり
そのしるしにや



霜月四日

真紀の君、渡辺の参議より
御病治癒が祈願のことなど
御ふみあり


霜月五日

平井命婦とのゐにさぶらひぬ


この月、安達といふ物の怪いでたり
楽所が琵琶を盗らむとて
あなたこなたにあさましきこと言ひて
まさに盗らむとしたるを
聞こし召して
いと怒らせ給ひて
あな、むくつけ
かかることやはある
などかかるむくつけのものの
あさましうものとりに参るを
討たぬとて
御みづから出でおはしまして
弦うちさるべき術せさせ給ひて
戦はせ給ふがごときなり

安達の物の怪
など琵琶の絃(いと)かへつる
などわがもとへやらぬ
なにによりてか楽所にあるぞ
などせむかたなきことなど
ののしりて
あまさへ
院をあさましううちののしり奉りなどしたるは
いとど罪こそ深けれ
空ごとなどののしりて
わが女(むすめ)さへ用ゐて
ものするあさましさはむげなり

さるべき加治調伏などせさせ
給ひにたればつひに
消えぬるほどになりにたるも
ちいさくわななきて
にくきことども言ひはてぬも
なかなかあさましうあはれに思して
笑はせたまふもをかし



師走

師走二日

三橋尚兵の君より文あり
安達の物の怪が女(むすめ)
父物の怪をばあさましう思ひなしたるよし



師走五日

真紀の君より御ふみあり
御車に乗りていでたるとかや



師走七日

横尾衛門尉、早馬して
いまめでたき蹴鞠の君あり
御覧ぜよかしなど



師走八日

陸奥守あさましきことしたりとて
御ふみにて詫び言あり

相川自治少輔、とのゐはじめてさぶらひぬ



師走九日十日

陸奥守詮議あり



師走十二日

左兵衛督、とのゐにさぶらひつ



師走二十三日

横尾衛門尉より、はた早馬にて
蹴鞠をばいとめでたくしたる
君達のことなど申したり
この尉、いとまめやかなる君にて
御覚えめでたし



師走二十九日

義将左兵衛督、とのゐにさぶらひつ



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