院別当の君日記

平成十九年


卯月 皐月 水無月


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卯月



卯月ひとひ

少しされておはしまさばやと
思し召して
なに仰せたらむに
人々おどろきなむとはかりて
もののたまひたるに
おぼしためるよりは
おどろきたる人多ければ
すこし御心にかけたる御気色なるも
をかし



卯月六日

例の御所におはして
楽の御遊びせさせ給ふに
さぶらふ官人なども
ひき入るべしとて
君達女君あまたさぶらひて
ものしたり



卯月七日

あしたよりものせさせ給ふことども
せさせ給ふに
石の井のさきのおとど参りて
いと恐ろしきことども申したれば
御心なやませ給ひて
いと篤しうならせたまいひて
臥しおはしましにたり

少将、うるふ衛門督、刑部さぶらひて
宿直などひまなう仕まつれり



卯月八日

公ごとありて出でさせ給ひぬべきこと
どもあれば
衛門督ただ近うさぶらひて
ひまなう仕へまつりたれば
少しものなどきこしめしておはしますだに
よろしきとは見まいらするばかりなり
小式部内侍、うしろめたき心地なむするとて
文まいらするめり
刑部宿直にさぶらひたり



卯月九日

御加持しるしなし
少将宿直(とのゐ)にさぶらひにたり



卯月十日

源朝臣より御ふみあり
花など見になどあるに
ものせさせ給ふべきことなどあれば
例の御所に花の宴あり
みをつくし弾正あるじまうけしたり
少将、衛門督、衛門佐
大蔵少輔、大外記、
院宣旨、刑部などさぶらひたり



卯月十一日

義将衛門佐、
とのゐにさぶらひたり



卯月十二日

うるふ衛門督、
とのゐにさぶらひたり



卯月十三日

厚見式部命部より文あり



卯月十四日

まさひろ前兵衛督より
文あり
うしろめたく思ひ申したるべきよし



卯月十六日

院にはおはしまさぬ程
加賀に下りて遊びなどしたりける
君達、いまは薬師にてあるを
もとめさせ給ひたるに
美濃、摂津わたりに
あるを聞こし召して
御文賜りにたり
紫補の君、梶原殿なり

刑部、宿直(とのゐ)にさぶらひたり



卯月十七日

陸奥君より文あり
楽のことなど問ひ聞こえまほしきことありとや

少将、とのゐにさぶらひつ



卯月十八日

衛門督、とのゐにさぶらひにたり



卯月一九日

小式部内侍より文あり
あるじまうけせむとしたるに
忍びて御渡りせさせ給へとこそ

衛門督、とのゐにさぶらひたり



卯月二十日

渋谷といふなる谷に楽の宴ありと
聞こし召して、忍びて御渡らせ給ひたるに
少将、刑部、衛門佐、小式部内侍など女君
あまたさぶらひにたり
ののくちのおとど、駒場のおとどなど参りおはしたり

少将、刑部、衛門佐、宿直にさぶらひたり



卯月二十一日

少将、衛門佐とのゐにさぶらひて
加持参りたり



卯月二十二日

つとめて、公ごとありて
出でさせたまへり
刑部、宿直にさぶらひたり



卯月二十三日

真木の君より御文あり
御髪少し削ぎたるよしなどあり

義将衛門佐、駿河の君、宿直にさぶらひたり



卯月二十四日

少将、とのゐにさぶらひたり



卯月二十五日

衛門督、宿直にさぶらひたり
ことにつけ
申して仰せ事賜りたきことありとて
大蔵少輔参りたり
院宣承りてまかでたり



卯月二十六日

楽のことなど御みづから
ときおはしますべしとて
篤しくおはしますものから
出でさせたまへば
いと心もとなうおぼゆるひと多かるめり

衛門督とのゐにさぶらひにたり



卯月二十七日

仰せ給はるべきことありとて
大蔵輔、刑部参るべき由
きこしめして御許しあり




皐月



皐月二日

しのびて真木君の御許へ
まかでさせ給ひにたり
直樹参議いとめでたう
もてなしにたり
真紀君、まいらするべき御ものなど
手づからなして奉りにたり
いとめでたがらせ給ひて
聞こし召したり



皐月三日

惨地下といふわたりに
物の怪出でたるめりなど
聞こゆればいといと
あさましうむけつけうこそ覚えしか
刑部、衛門佐などもの見て
まうけたるとか



皐月四日

渡辺の参議、真紀君、御姉の君、まさきが博士など
めでたう桟敷をつくりなして
夕つかたに遊びたるなど聞こし召したれば
いととくさぶらひなどもさぶらはせで
忍びて出でさせ給ひにたり
いとめでたがらせ給ひて
おはしましたり



皐月八日

義将衛門佐、音など
打ちあはせたるのちに
宿直(とのゐ)にさぶらひにたり



皐月十三日

御かしら、御まみが奥つかたなど
いみじうくるしうておはしますなど
のたまひたるを
承りにしかば
うしろめたきこと限りなし
御薬など聞こし召して
おはしましにたり



皐月十六日

うるふ衛門督、とのゐにさぶらひつ



皐月二十日

刑部が車にて
ひさしう求めたるものなど得てむとて
秋の葉のなにとかといふ所へぞ
まかでつる
少将、衛門佐などさぶらひたり

かかやかしきものなどあまたあるに
女異奴などいふなる遊び女のやうなる
あまたありて、舞、歌ひなどしたるさま
ものぐるほしきやうにこそおぼゆれ

得むとしたるもの、心さだまらざれば
得でかえりにたり



皐月二十一日

厚見命部、院が御病のよし
いと後めたがりて文など
まゐらせたり



皐月二十三日

例の御所におはして
楽の御遊びせさせ給ひつるに
人あまた、病得たるなど
きこゆれば
人入るべからざるべきよし
定まりぬ



皐月二十六日

黒毛の御むまにて
忍びて秋の葉のなにとかといふ
原にぞ出でさせ給ひにたり
刑部さぶらひて
真紅羽度といふなるを
得させ給ひにけり

夕さり、楽人あまた渡りて
宴あるに、忍びておはしまして
上下あざけりあへり
をかしき宴にこそ



皐月三十日

検非違使の何某、車出だし奉りて
忍びにはよしとてその車に奉りて
楽の御遊びにとて
相模へはまかでさせ給ひたり

宮岡朝臣、鼓をばいとめでたう
打ちて調べあはすれば
いとめでたき御心地におぼしなりて
夜ふくるまで遊ばせ給ひぬ
をかしき夜なりけり




水無月



水無月一日

多摩と言ふなる所におはして
楽のことなど
心得たることども
君達、あたらしうさぶらひたるへ
伝へなどしたるさまをば
御覧じていと感じさせ給ひにたり



水無月三日

大連の朝臣、大連が北の方など
あるじまうけし給はむとしたれば
忍びておはしましにたり



水無月五日

例の御所わたりに
病の起こりたるよしきこゆれば
何かなど問はせ給ひたるに
麻疹などいふなり
されば例の御所にはおはしまさで
多摩の何とかといふ方へ
みなさぶらひて
おはしまして楽の御遊びせさせたまふ



水無月八日

櫻井の君、院に参らばやとせうそこあれば
御許しありて宿直(とのゐ)にさぶらひたり
御物語などせさせ給ひて
かたらせ給ひつ



水無月十三日

つごもりつかた、院てづからものせさせたまひて
調べあはせさせ給ふとて
御うちあはせせさせ給ひつ



水無月十四日

衛門督、とのゐにさぶらひつ



水無月十八日

菊池といふ君をばめでたく御覧じて
忍びて渡らせたまふ
大蔵輔さぶらひたり
夜あけぬまにぞ出でさせたまひつ



水無月二十一日

少し御けしき悩みがちにておはします
ものせさせたまふべきことども
あれば、大蔵輔さぶらひて
御車にて渡らせたまひぬ



水無月二十三日

ほたる御覧ぜばやとおぼして
人具して蛍の里にぞ
まかでさせ給ひつるに
少し冷えたるゆゑにや
ひとつあらでこそ



水無月二十五日

夜さり今宵こそとて
人少し具してまかでたるに
蛍の飛びちがひたるなり
いとをかしき夜にこそ



水無月二十七日

今宵もとて
蛍の里へぞまかでさせ給ひたりつる
月のすこし明かきに
水面いときよらにて
蛍のほのかに飛びたるは
めでたしといふもおろかなり



水無月三十日

衛門督、大蔵輔さぶらひて
大蔵輔が御車に院も奉りて
楽の御遊びにおはしましにたり

あした大蔵輔の院に参りて
忍びの御渡りにおはしませば
とく奉りて出でぬ

海近きわたりにおはしまして
船のなにとかといふ所に
まかでさせ給ひてぞある



水無月三十一日

例の御所におはしまししかど
少しなやませ給ひたる気色にて
さてかへりおはしまさむと
思し召したるに
篤しくならせ給ひにたれば
菊池といふわたりに
とまらせたまひて
やすらはせたまひたるに
刑部いそぎさぶらひて
つかうまつりなどしたり












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