院別当の君日記

平成十八年


卯月

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卯月一日

おほやけごとにものせさせ給ふこと
いと多けれど
花のめでたさに見やられて
ふとまぼりてすべきことも
えせでなりなむとすと
のたまひてものせさせ給ふこそあはれなれ



卯月二日

やの崎といふ
小式部内侍
あからさまに花をば御覧じ入れむとて
はかりて例の御所におはしますを
率奉りてまかでさせ奉りぬ
少将馬にさぶらひて
大蔵大輔、車にてさぶらひたり
少し時ふるほどに
衛門督、刑部大丞参りてさぶらひつ
小式部内侍、あまためでたき物など
もて参りて花のもとに物語などしたり
刑部、かつおなどもて参りしこそ
いと心にくくこそあれ
小式部内侍、いろいろに
いとめでたう作りなしたるをも
奉りていとよしなどのたまひけるも
かたじけなし
花いとめでたう咲きて
常より久しきほどに散りもせであるこそ
めでたけれ



卯月五日

あしたより雨降りわたりて
花もこそ散れとて
後めたげに春雨をば
御覧じたるはいとあはれなり





卯月六日

ものせさせ給ふべきことありとて
渡らせ給ひつるに
管弦の御遊びにあまた人をば
召すべきよしおほせたれば
人々ものしたり



卯月七日

山に女狐の物の怪をはじめて
名も知らぬ物の怪あまた
さしつどひて人をば求めて
招き入れむとしたるめりなど
きこゆれば
院には、何せむとするぞなど
問はせ給へば
人やりて見さするに
物の怪、管弦の遊びまねびて
せんむとするに
笛などもあらで
まどひありきたるに
心地悪しき程なれば
人もえよらでこそなど申すを
聞こし召したり



卯月十日

山の花めでむとて
御宴あるに
雨の降りにたれば
母屋にてあり
のぶひさの少将、大蔵大輔、
うるふの左衛門督
身をつくしの弾正弼
院宣旨、陸奥守、
義将右衛門佐などさぶらひて
いとめでたきさまにこそありつれ



卯月十一日

院の管弦の御遊びに
心ばへめでたき人召すべしとて
御手づから弾かせ給ひたるに
義将右衛門佐、のぶひさの少将など
調べ合はせ奉りたり




卯月十二日

衛門の督、生まれ出でし日とて
参りてより宿直したりぬ
院にもめでたがらせ給ひぬ



卯月十四日

厚見命婦より消息あり
明日、明後日、あらずは
十九、または二十三日ばかり
見え奉らばやとぞ



卯月十七日

むくつけき物の怪
例の御所に出でてやみぬることの
なければ、諸将はかりて
うち祓ひなどすべしとて
ものし給ひたり
大蔵輔、まずは呪封をもて
浅ましき田とか何とかいふを
祓ひしたるとか聞こしめしたり



卯月十九日

井の女の物の怪、澤山将曹に
文したるとこそ聞こゆれ
仕えまつるべき方求めて
巡りたるに人の心
え得であるこそうらめしけれとや
身をつくしの弾正弼(だんじょうのひつ)
そはあさましきまでおのが身ばかり
を思ひためるよとて怒りたるぞ
げにことわりなる
衛門督、物の怪の障り
院にもこそといと後めいたがりて
宿直したり



卯月二十日

この頃物の怪いと多し
蓑かづきの女といふ物の怪
大蔵輔には文おこしたるとか
程にもあらぬにと覚ゆれども
今はしらず
この後は例の所には
つゆ出づるまじき心にてあるに
打ち鳴らすべき鼓をば
おきてあるに取り出でてもて
まかりぬとか



卯月二十一日

大蔵輔、弾正弼などを司にて
物の怪うち祓ひしたるよし
きこしめして
いと御心安んじておはしましたる



卯月二十八日

口かまびすしき物の怪も
けふ祓ひ果てたりと
大蔵輔より使ひして聞こし召したり



卯月二十九日

厚見命婦より消息あるに
ものせさせ給ふべきおほやけごといと多くて
程なきこそくちおしとて
見てしがななどのたまひぬ

女院より御文給ひて
南の外つ国に
出でて四年へぬる
大連前大蔵卿、日の本へ
かえりておはすべきよし
のたまひたり






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