院別当の君日記



長月


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長月月立

いと暑き日に
つらしとておはします



長月二日

海月をば御覧じばやと
のたまひにたれば
右近中将、
とく御覧じ入れてしがなとて
まかでさせ奉り給ひたり
御車に奉りて
おはしましぬ
衛門督、小式部内侍さぶらひたり



長月九日

薫物などせさせ給はむとて
仰せたれば
右近中将
沈、貝香など奉り給ひつるに
いとめでたき沈なりとて
嬉う思しためれば
薫物合などせさせ
給はむはいかがと
申し給ひつれば
君達、女君聞きて
われはとて皆ものしたり



長月十日

中宮内侍
御文にて詠める

去年の秋
聞きし琴の音 なつかしく
虫の声にて明かす夜な夜な



長月十二日

三鷹御方より御文あり
虫の音あはれとぞ

また、刑部卿の君より御文あり
衣のこと、薫物のことなど



長月十三日

人人、もの見にとて
遠方には下りけるに
志もて帰りにたり
例の御所におはしまして
楽の御遊びなど
せさせ給へり



長月十四日

大納言のおとどより
御文あり
めでたき衣のことなどこそ



長月十五日

真木の君より御文あり



長月十七日

虫の音あはれなる所にてとて
衛門督、大蔵大丞、刑部丞、院宣旨など
具して、八重葎踏み分きておはしましぬ
いとめでたき月にめでたがらむものなかりつ



長月十八日

この月の月御覧じぬべしとて
少将さぶらはせさせ給ひて
刑部さぶらひて
人なき月の里に忍びて
出でさせ給へり
虫のねいとあはれなり
月影、木の枝より
さしいりていとめでたう清らなり
いと感じさせ給ひて
詠ませ給ひつる

虫もなほ めでて鳴きなむ
照る月の 隈なきかげを 今ひとや見む

はた
大納言より御文ありて
いにしへの めでたき月の影見れば
さそはれいでし 秋の夜の風
とこそ


今宵はあはれ知る人は
ことごとにものしたるらむ
をかしき日なり



長月十九日

少し御悩みにやつれおはします
御気色もあはれに
秋にはつきづきしきやうにも
おぼゆ



長月二十二日

宣旨の君より御文ありて
物の怪の出づること
多くなりにたれば
むくつけしとぞ



長月二十六日

真木の君より
いつしかとて御文あれば
忍びてまかでさせ給ひて
御物語などし尽くして
夜も更けぬるに
御姉の君、御兄の君も
おはしてをかしきこと
あはれなることども
物語しておはしましぬ



長月二十九日

楽の御遊びあり
めでたき君などおはして
調べいとめでたく合はせたれば
院、いと喜びておはしましぬ



長月三十日

内教坊女蔵人の君、
霜月に舞をば御覧じ入れ奉らむと
してれば、院、いといと嬉う思し召して
いつしか御覧じばやと
いと心もとながらせ給ひておはします








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