院別当の君日記

平成十八年


神無月 霜月 師走


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神無月



神無月二日

院には知ろしめさでおはしましためるに
尾張には世の中騒がしきことども
いでたるめり
西の女院、里におはしましたる
などきこしめしておどろかせ給ひつ



神無月二日

ちかしとは
思ひたる心
あからさまにたゆるものとはしる
枕に近くて遠きものなどあるは



神無月三日

西の女院が御姉の君
里にさぶらひなどして
御渡りあらまほしきよし
せうそこあり



神無月六日

小宰相の君より
御ふみあり
首里といふなる祭りのことなど



神無月八日

刑部大丞、下野が国に
くだりて、しるしあるべき
さる御所に詣でて
ありけりなど
文おこしたるに
西の女院、聞こし召して
いとよろこばせ給ふめり



神無月十二日

御加持などものしたるに
名にしおふ薬師
西の女院、御病がこと
悪しきさまなどなくさぶらふなど
申すを聞こし召して
いと喜ばせ給ひにたり

大納言殿より御ふみあり
ものすべきことあまたあるめり



神無月十四日

中の江の少納言より文あり
世の中に白波の立つなど
文おこしたり



神無月十七日

西の女院へは
しのびて御渡りありて
あしきものなど調伏がことなど
さるべきにはからせたまひぬ



神無月二十日

まつりごとなど人々はかりぬ
犬君さぶらはむと
かうぶり給ふとおほせごとあり



神無月二十二日

藤村といふなる
ものつきてあしきものせむ
などいふと弾正より
きこえあり



神無月二十四日

内教坊女蔵人、舞
管弦など御覧じ入れ奉りてむとて
せうそこあるに
院にはいと喜ばせ給ひにたり
師走の頃なれば
しのびて御渡らせたまはむなど
御心におぼしめしてこそあらめ



神無月二十七日

藤村といふなる賤男
ものつきてあさましう
ののしりてあれば
ものものしうさしつどひて
調伏のことなどものしたり
うちてうじていにたり



つとめて、おどろかせ給ひて
みちのくよりたてまつらるる
犬君まいるとや



神無月二十八日

犬君、かうぶり賜りて
小衛門とはいふなり
いとかしづかせ給ひて
えはなたせ給はずこそ
おはしましつれ



神無月三十日

西の女院、くだりて
ものすべきことせさせ給ひにたり
犬山、そらごとなどいへばにくし



霜月



霜月一日

ものせさせ給ふことあまたあり



霜月三日

小衛門の犬君さぶらひて
日ひとひかしづかせたまひたり
夜さり、小式部内侍、宿直にさぶらひ
月を御覧じて御酒などきこしめしたり
前左兵衛督、はた参りてとのゐしたりぬ



霜月四日

管弦の遊びをば御覧ずとて
小式部内侍さぶらひて
御渡りあり
例の御所にて君達あまたさぶらひて
管弦の遊びしけるに
しのびておはしましたり
美福門の女院、つきおはしまして
上下居なみたり
いとめでたきさまかな
調べいとめでたう
かき鳴らしなどしたれば
人々うち興じたり
夜さり、少将とのゐにさぶらひたり



霜月六日

殿上人、君達あまたさしつどひて
うたげあるに
しのびてまかでおはしましたり
うたげ果ててのち、球うち投げて
遠方に立てる柱うち倒すなること
せむとのたまひたれば
みなさぶらひてものしたり
澤山大外記いと多く
うち倒したり
めでたきさまにこそ
みをつくしの弾正
球の横ざまにはづれて
柱にはあたらぬこそをかしかりぬ
衛門督、投げたるさまいと
ものぐるほし
みな笑ひなどしけり
衛門佐、ただひとたび
うちなげてあるに
はじめはいとよし



霜月十二日

御馬少し弱りたるところありとて
うしろめたがらせ給ひて
加持などせさせ給ひて
いとよくなりにき



霜月十六日

めでたき指貫もて参れなど
おほせ言ありて
糸所、めでたき紅、紫が
紐など求めて得たりとは
きこゆ



霜月一七日

西の女院、
御自らおきたりつる
いと切なるものなど
とりておはしますなど
のたまひて尾張の国へはくだりにけり
もとめさせ給ひつるに
はや、物の怪のもてまかりぬやう
にてなきものもあるとや



霜月十八日

いで湯にはおはしまさばやとて
大蔵輔、御車をもてさぶらひて
忍びてまかりぬ
のぶひさの少将、うるふ衛門督、
大蔵少輔、刑部大丞、
義将衛門佐、院宣旨、
たけき大外記などさぶらひぬ
山里につきおはしまして、
御覧じたれば
色々の葉の散りたるうちに
いで湯いとめでたくありて
あはれなるさまに
感じさせ給ひたり



霜月二十二日

厚見命婦見え奉りてしがななど
ひさしう申したるに
しのびて御渡りあり
昼つかたおどろかせ
給ひて小衛門ひき率て
おはしましぬ
命婦が方に
さむた、まろたなどいふ猫ありて
御手づからなでおはしましなど
せさせ給ひたり
をかしきことども御物語など
せさせ給ひにたり



霜月二十六日

糸所、別当の参りて
いとめでたき御指貫
縫ひはてぬれば
もて奉りに参りてはべりなど
申せば
御覧じ入れたるに
萌黄に花いとおどろおどろしう
織りたるにめでたきさまに
御指貫あれば
嬉う思し召して喜ばせ給ひにたり



霜月二十八日

小衛門、あさましく
わりなき物の怪など
つきもこそすれとて
しるしあるといふなる
湧鎮などいふもの
賜はりつ
衛門督さぶらひつ
西の女院、まうのぼらせ給ひて
御座にさぶらはせ給ひにたり



霜月三十日

尾張まなぶといふ
いとむくつけき物の怪あるに
夜つかた何事とは知らず
あからさまにもの聞こむよし
時々にもうしつれど
院には聞こし召さで
終りぬ



師走




師走一日

院が御指貫のいとめでたき様に
いかで見奉らばや
など人々おぼゆれば
これを聞こし召して
いと笑はせ給ひて
さればこれに架けて
長き枝に貫きとほせば
みよとて御指貫二日ばかり
さあるなり



師走四日

西の女院申し給ふに
尾張まなぶ、あさましう
偽りておのが失ひつるものども
西の女院に負はせたてまつらむと
はかりたるよし
いとあさましうむくつけき心に
さぶらひたる人々この物の怪のいかでか
調伏されむと願ひつつぞある



師走五日

いと寒き日なり
天晴る



師走八日

西に大事ありとて
御みづからまかでさせ給ひぬ
いとめでたき唐の御車に
衛門督さぶらひて
西の女院奉りて、
同じ様にて院奉りたるなり
つとめて出でさせたまひて
犬山といふところにおはしましつ
思はぬ山のもみぢをば
みたるなりなどうち笑ませたまひて
ものせさせたまふべきことども
しはててかへりおはしましつ

夜さり、ともあきといふなる
いみじういやしきの文にて、
己がせしことはしらじ
ただ人を恨みてこそあれ
害したてまつらむなど
申すもあさましうなのめにいみじきこと
など言ひ出でにたり
尾張まなぶが物の怪も
もろともにありとこそ

聞こし召していと怒らせ給ひて
あなをこのものかな
かかるなめきことやはある
かかるあさましきこと
ゆめ忘るまじなどさへのたまひにたり
いみじきことにこそ
いと心もとなう後めたがり給ひて
右近中将、衛門督、少将、宿直し給ひにたり



師走十二日

ともあきといふ物の怪の
いとすさまじきにむくつけければ
障りて御悩み深くておはします
御加持などしたりつれば
しるしありて病にはかに怠りためり
中将、少将さぶらひてつかうまつりたり



師走十三日

大外記、ものなどうち破りつなど
とかうさわがし



師走十五日

めでたきことありとて
右近中将、義将衛門佐、
寿ぎ奉りなどす
あなた、こなたより志など
いと多くたてまつらるれば
いとうれしげにておはします

西の女院、なにとかの門といふところへ
渡らせ給ひて
物の怪などてうずべきづち
もとめさせたまふなどのたまひたれば
さらなりとて院にもいと
心得させ給ひてしのびて御渡らせ給ひにたり



師走二十日

内教坊女蔵人の君、
管弦の御遊びに
万歳楽舞ふとて
いつしかなど思し召して
御覧ぜむとせさせたまふ

衛門督、少将、刑部輔、
大蔵輔、つくし弾正、大外記、院宣旨の君など
さぶらひて御遊びなど御覧じたり

内教坊いとめでたう舞へば
いと感じさせ給ひにたり
みるごとにめでたしなど
のたまひつ
管弦に抜頭などものしたるに
楽の音いとをかし



師走二十二日

日のいと短かう寒し



師走二十三日

西の女院、大祓へして
悪しきものみなとり祓ひなどこそせめとて
申させ給ふべきことなど
まうけたりつなど聞こし召して
さらなりとおぼしめしためり



師走二十四日

楽の御遊びせさせ給ふとて
衛門督、衛門佐などさぶらひて
弾正、前兵衛督、小式部内侍などぞさぶらひつる



師走二十五日

衛門督、大蔵輔のさぶらひたるに
衛門督、滝口率て参りたるに
かたちいとめでたければ
位給ふべきよしおほせたり
楽の御調べにあはせて
歌ひなどしたるもをかし



師走二十八日

忍びてわたらせたまへるに
楽の御遊びにさぶらふ人
なにごとかあらむ
少なうなりにたるこそ
さうざうしけれ



師走三十日

楽の御遊びあり
院、てづからものせさせ給ひなどして
右近中将をはじめ奉り
のぶひさ少将、うるふ衛門督
義将衛門佐、山刑部丞
前兵衛督、小式部内侍
院宣旨、みをつくしの弾正
大蔵輔、大外記、など
人あまたさぶらひて調べあはせたりつ
めでたきこと限りなし
文章博士などさへ参り給ひにたり

楽の御あそび果てて後、
物語などしあひてあれば
皆、あかつきばかりには
まかでたり





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