院別当の君日記



神無月


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神無月一日

矢崎小式部内侍より
めでたき香炉得たりけりとて
御文あり



神無月二日

衛門督、宿直したりぬ



神無月三日

この頃
楽の御遊びせさせ給ひたる
御方に
怨敵のあさましう物の怪に
なり果つるが来ること多かめる
よし聞こし召せば
いと心地悩ませ給ひて
調伏の御加持せしむべきよし
おほせたり
心ある人びと
しるしある御誦珠などたてまつらむとて
陰陽寮、造物所、
よからむと聞こえむ寺などににおほせたり



神無月六日

物の怪出でたり
あさましきことなり
調伏の御加持などものしたり



神無月八日

薫物合せさせ給はなむとて
君達、君召してものしたり
小式部内侍、白檀など調じて
めでたき香になしたり
右近中将、沈などの香
好みてをかしく調じたり
少将、薫陸など調じたるめり
衛門督、龍脳少し過ぎて調じたれば
香わろくなりて、
皆笑ひたり



神無月十日

御宴あり
をかしきことども尽くしたり
めでたかりぬ



神無月十一日

高田小宰相、歌枕見にとて
ふたとせばかり西国の果てには
くだりて物見遊山などすとて
いとまをば申すべう
参りたるに、院
いとうしろめたがらせ給ひて
何事かあらむに
とく参れとおほせたり



神無月十二日

あした、宿直果てたる
少将、試みにとて
例の方にはまかでぬを
御覧じて
楽の御遊びしにしがななど
思したるめるこそ
あはれなれ



神無月十五日

秋の雨いと降りたるに
例の方におはしまして
調べ合すべしとて
試みておはしましぬ

夜も更くるほどに
何しておはしますとて
少納言より御ふみありつめり



神無月十七日

大蔵大丞より御文あり
物の怪の出でて
あさましうむくつけく笑ひなど
してあれば御加持まうけ
しつべしとや
刑部、少将などもやすからず
おぼえてものしたるらし



神無月十八日

中宮内侍、物語を見給ひたるに
をかしきことどもあまた
見給ひ出だしたるとて
御覧じ入れむとなむ

式部のおもと
見奉りてしがななどあるよし
申したり

小宰相、遠つ国にありて
めづらかなるものなど
みたるとて御ふみおこしたり


いと文おおき日に
院も笑はせ給ひて
けふは何によりてか
かう多き
をかしき日なり
などのたまひつ



神無月十九日

例の所におはしまして
楽の御遊びなどせさせ給ひつるに
人々さぶらひて
ものなど聞こし召すに
をかしこそおぼゆれ



神無月二十三日

右近中将、いみじう酒にゑひ給ひて
まななどいとねぶたげにゐ給ふを
御覧じていと笑はせたまひぬ



神無月二十五日

御遊びせさせ給ひはてて、
しどけなう御ものがたりなど
せさせたまひつつ
ものなどまいりたる御けしきも
めでたしとは見奉りたり

少将、宿直したる



神無月二十八日

式部のおもとの悩ましげなるを
聞こし召して、
いと後ろめたう思し召して
人などをして
ものせさせ給ひつ

めでたき舞など御覧じばやと
のたまひたるを
内教坊女蔵人
御覧じ入れ奉らむとて
まうけたるよし聞こし召して
いと嬉うおぼしめしためり



神無月三十日

衛門督、宿直したり









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