院別当の君日記



葉月




葉月一日

あさましうはかりて
こなたにては、あなたをば悪しく言ひ騒ぎて
あなたにては、こなたをば貶めたるやうなる人あるに
さらにえ許すまじと思し召したれど
慈悲の御心いと深くておはしませば
あらたむる心やあらむと
問はせ給ひつるに
ただ謀りて空ごとなど言ひて、なめきさまに
いとど怒らせ給ふことあり
かく無下にをこのものこそいふかひなけれ

右近中将、殿上人、院より承れば
いと怒り給ひて
かくきたなうなめきものありとはとて
絶えて許すまじとは申し給ひぬ
右近中将をはじめ奉り、
あまたの君達、女君、
皆、いみじう怒りてものしたり



葉月二日

なめき怨敵によろしからず
申されければ、院に穢れもこそつきたらめとて
とく清めさせ給ふべしとて
右近中将、御車をばおこして
少将、蔵人さぶらはせ給ひて
祓はせ給ひぬべしとて
浦までぞ渡らせ給ひて
禊せさせ給ひぬ



葉月三日

除目あり
怨敵となれる
司とかれ位とらるるに
ことわりなり
すゑはもののけにこそ


大蔵大丞、大蔵少輔にのぼりて
刑部大丞、刑部少輔にのぼりつ
潤蔵人、衛門督を得たれば
うるふ衛門督とは言ひたり
少将、蔵人になりにたれば
蔵人少将とは呼びたり

みをつくしの君といふ君あり
をかしがりてさぶらはせたれば
衛門尉を得たるとや
つくしの衛門尉といふ



葉月六日

三位右近中将、生まれ給ひし日とて
祝ひたり
衛門督、宿直したり



葉月七日

小式部内侍より御文あり
刑部少輔より御文あり
楽の御遊びのことなど



葉月九日

蔵人少将、宿直(とのゐ)したりつ



葉月十一日

衛門督、宿直したりつ



葉月十三日

検非違使佐、宿直したりつ



葉月十四日

右近中将、歌枕見給はばやとて
みちのくにはまかで給ひぬ

大蔵少輔、陸奥の国司とて
久しう下りてあれば、
心もとなし、とく召せとて
思し召しあれば
院宣つかはしたり

楽の試みあり
例の所におはしまして
小式部内侍、左兵衛督(さひょうえのかみ)
少将、衛門督(えもんのかみ)、
衛門尉(えもんのじょう)など
人あまたさぶらひて
めでたき調べをこそ合はせさせ給ひつれ



葉月十六日

揺るることあり
陸奥などいみじと聞こし召して
あなおそろしなどのたまひつ

楽の御遊びあり
あはれ知る人ども
調べあはせてさぶらひたり

中の江の少納言より御文あり
楽の御遊びのことなど



葉月十七日

蹴鞠をば御覧じたりつ
外つ国のめでたき蹴鞠せむ人と
この国の名にし負ふ人のものしたるに
この国の勝れるぞかし
いとうれしき心地なむしたりつる



葉月二十二日

管弦の遊びにとて
試みせさせ給はむとて
中の江の少納言を召して
草のなにとかといふ所へ
渡らせ給ひつ
夕さり、少将を召して
少し物語などせさせたまひて
院にかへりおはしましつ



葉月二十五日

衛門督、宿直(とのゐ)して
物語などしたり



葉月二十七日

例の所におはしまして
遊ばせたまふに
中の江の少納言、調べ
合せ奉りたるに
院、少し悩みたまひたる景色にて
いつもよりはとくかへりおはしましぬ



葉月二十八日

管弦の御遊びあり
おはしましてものせさせたまへり



葉月三十日

御物忌みにておはします



















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