院別当の君日記

平成十八年


正月 如月 弥生


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正月

三位中将をはじめ奉りて
上達部、君達、女君などまうのぼりて
賀し奉りつ



正月十三日

例の賀など公事し果てておはしましたる



正月十七日

除目に司得たる人々、参りて心ざしなどあり



正月十八日

世に波立つことの多く見ゆれば
心安らかにはおはしまさで
悩ましげにておはしますこそ
後めたけれ



正月月籠

知ろしめすことども
語らはせ給ふとて
異所におはしまして
さるべき人さぶらひたり
山の四の殿におはしまして
夜も更くるばかりまでぞ



如月月立

大蔵少輔より御文あり
女狐の物の怪、山に出でたるとや
いと恐ろし
あしき際などつどはせて
わりなきわざなどし奉れなど言ひたるとかや
後にぞ知りたる



如月三日

女狐の物の怪の
人をば謀りてわりなき技せんとすと
聞こゆれば、さるべきわざこそしつべけれとて
近衛の衛士などまうけたりぬ



如月六日

世に立ちにたる白波をこそ
おさむべかりつれとて
院宣あり
女狐の物の怪、人をばさしつどはせて
今謀らむとしたれば
いと驚きたるに、くち惜しさまさりて
空ごとさへしてかけまくもかしこきをば
悪しざまに言ひたるめれば
神仏よりも咎めあらむとこそ覚えしか
この月安からぬこと多きこそつらけれ



如月八日

この女狐をば率いてわりなきわざ
したるをの狐ありとてさるべきになせるとぞ
流と聞こえたり
ものものしき程に
いとど悩ませたまへり



如月九日

なにとは知らねども其の智をば越えてしがななど
いふ者ありて
いとあまた物問ふことありけり
さ言へば、かう問ふに
ことわりなかりけり
いとことやうなりけりとぞ

院宣旨の君もこのこととひに
こたへたりけり
いとなめき様に悪しき心地にこそ
なりてはべれなど聞こゆれば
さ聞くだに腹立つ心地なむしぬる



如月十三日

内教坊女蔵人より御文あり
梅の頃、院にはいづれかへ
御覧じに御渡りやあらむとこそ

大納言の殿より
御衣のことなど御文おこし給ひぬ

厚見命婦より御悩みの事など
うしろめたきよし御文あり



如月十四日

中の江の少納言より御文あり
楽の御遊びせさせ給はんといふ
御心と見奉りたれば
まうけせさせたまへとぞ



如月二十日

女狐の物の怪、山に出でたりとこそきこゆれ
うちてうじられにければ
わりなきことなどもせで
いにけるとぞ



如月二十二日

しのびて大納言ばかりおはして
むまにて狩に出でさせ給へり
神仏に仕りたるといふ人のおはして
めでたきかりの御衣を奉り給へるに
あはれなる薄もの、いとつやめきたる
萌黄のなどいとめでたし



如月二十三日

源朝臣より院の梅はいかにとか
文おこしたり



如月二十六日

雨いたう降りたるに、もののつれづれにや
めでたき御衣得てしがななど
思したるよし聞こゆれば
さぶらひたる人々して
なにをか奉りぬべきなど



如月二十七日

院にさぶらふ人人、
弥生の半らばかり遊山して旅に
いでむとしためるに
まうくべき職のいとまめやかには
ものせであしとて皆止まりぬべきよし
きこしめす



如月二十八日

梅の花にはかに
咲き初めたるを御覧じて
けふも雨ながら
あはれに思し召したるめり
みそかに女狐の山にいでたるらしと
聞こし召したれどいと
驚かせ給はでうちすててよ
梅の花めでたきになど
のたまひしこそをかしかりしか

院求めさせ給ひにけるものにて
大納言より文書など奉りてあるに
いにしへのことなどいとめでたく
書きなしたれば喜ばせ給ひつるに
御文ありて、
この手の様こそよけれなど
をかし




弥生一日

山に白波の立つことあれば
御心いと悩ませておはしますに
鬼、狐などうちてうじて
あまたはあらねど
今すこしはあるこそわろけれ



弥生三日

式部命婦より御文あり
管弦の遊びしたりつるに
院に参らばやとぞ



弥生六日

例の御所におはしまして
遊びなどせさせ給ひぬ



弥生八日

物語が絵など御覧じたるに
いとめでたければ
あまりて驚かせ給ふこそをかしかりしか



弥生十六日

大蔵少輔さぶらひて
管弦の御遊びに忍びてまかでたるに
雨降りにたるこそくちをしけれ



弥生十八日

むかひといふ朝臣
名にし負ひたるゆゑにや
外つくにに渡りたるに
この国ににはかに帰りて
院に参りたるに
ものなど聞こし召したり

式部命婦より御文ありて
かの人も参らむとしけれども
寝ねもせでひさしううち過ごしたれば
わびしとて伏したるよしなど



弥生十九日

中の江の少納言より文あり
いとをかしき物語など
見いでたるよしなど



弥生二十八日

花いとめでたう咲きそめたれば
大蔵輔、刑部大丞など
さぶらひて山の花いかにとて
忍びてにはかに御覧じたり



弥生三十日

花いとめでたければ
絵に描かせ給ひたり








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