正倉院モデル
 螺鈿楓琵琶


           

『 琵琶の製作にあたって 』

 

私は現在、いちおう(笑)「音楽家」としても活動していることもあり、
民族楽器や音楽、音楽のルーツ等にはもともと非常に興味がありました。
ですから、現代でいうところの雅楽器はどうしても演奏したいと思っておりました。

 特に惹かれたのが琵琶です。様々な絵巻に登場したり、
貴公子の必須アイテムです(笑)

 そこで、早速入手しようと探し始めました。
すると、既成品のシンプルなものでも 70万位〜
オリジナルで螺鈿などの飾りをつけたりすれば120万位〜
とのことでした。
さらに、現存する古いものを調べてみました。
するとどうでしょう…。

なんと、
現在雅楽で使用されている琵琶とは
大きさや厚み・材質等が結構違う
では ありませんか!!

 大きさや、材質は音色が変わる重要なポイントだと
思っておりますので、できるだけ 当時に近いものがいいなと思いました。

 もちろん現代のものは、それはそれでとても好きなのですが、
今回の私の求めるところは
「より
当時の音色で、当時のスタイルでの演奏」と
心が決まっていたので、 売っていないなら作ってしまえと
いう発想になってしまったのです(笑)
(いつも そうですが)。

 平安時代に「国宝」とされるような琵琶は
どんな琵琶だったのかなぁと考えておりましたが、やはり

「1、音色が美しい。

 2 装飾がきれい。

 3 (当時すでに)それ相応の由来があるもの」

 であったでしょうから、東大寺の正倉院にあるようなもので
 あった可能性が高いはずです。

 そこで、それらを図書館に通うなどして徹底的に調べ、
正倉院に現存するものの中で 最も美しいといわれている
琵琶の一つである螺鈿蘇芳染楓琵琶をモデルにすることに
 しました。

 厳密な意味での

「復元」ではなく、それを「モデル」にした「私の琵琶」

で製作することにしました。
せっかく自分の好きなようにできるので、

寸法と材質などの音色に直接影響する部分は同じにして

装飾などは一部は(螺鈿等)好みによって好きなように
アレンジしたりする事にしました。
 
あくまで
 形だけの模倣ではなく、
実際の演奏に十分に叶う楽器としての琵琶
を目指して

製作するよう心がけました。

  

 
  


材料

  楽器の音色に直接的に影響を与えてしまう要素である材料は、正倉院の今回
  モデルにした琵琶と全く同じものを使うことにしたものの、すべてがいわゆる
  「高級材」な上「一般の材木店ではなかなか手に入りづらい」ということもあり、
  どうしたものかとずいぶん悩みました。

 主な材料としては、・紫檀(したん)・黄楊(つげ)・楓(かえで)です。
※最近の研究では、紫檀部分は「イスノキ」腹板は「ヤチダモ」の可能性が高いことが
分かってきているそうです。2018年追記

←写真の木材は実際に使用したもので  す。真ん中の楓材の年輪に厚みが御 想像いただけると思います。
 
  どれも、猛烈に硬いです・・・。
  重いし。


楽器の材料なため、木目の向きや節の場所などまで気にせねばならず、そうした条件をすべて満たしているものはほとんどありませんでした。
また、見つけたとしても信じられないほど高価で、
とても買えませんでした。

 特に、槽(琵琶本体)に使用する楓の木は、当時の厚みで作ろうとすると
かなりの厚さと大きさを必要としました。
 たぶん樹齢にして最低50〜60年以上のものでない
と当時の厚みでは作れません。

紫檀についても、クラフト材でつかわれるようないわゆるローズウッドではなく、大きな「紫檀材」が必要でした。
黄楊なども現在では一部の島などにしか良質なものがないとのことで、
必要な大きさのものを見つけるのが大変でした。
ですので、木材のパーツなどは、丸太のような状態から
板を切り出して作った部分もあります。
螺鈿も、色々なお店で御願いして、貝を譲っていただいたりしました。
御寿司屋さんからも分けていただきました(笑)

私の自慢の一つなのですが(笑)、
私の知り合いや友人は皆さんとても親切で、

琵琶の製作にあたってかなり御協力をいただきました。

この「材料入手」の問題についても、
我がことのように必死になって情報収集や知人をあたってくださった方々のおかげで、すべての材料がかなり「リーズナブル」な値段で手に入れることが叶いました。

また、一部のこれらの木材をあつかっていらっしゃるお店の方も非常に親切にして下さって、加工の仕方や他の材木店の紹介などをしてくださるなど、多くの方のご親切が身にしみました。
この場をおかりして、心より御礼申し上げます。




  加工

           私は木工については、超がつくほど素人。

 ・さらに、楽器素材全般にいえる事ですが、
  
なんといっても「この世のものとは思えないほど(笑)堅い」

 ・さらに、高級素材なために失敗が許されない。 (経済的事情で(苦笑))

 ・そしてさらに、充分な道具や設備がない。

 ・加えて、木目や節などの細かい点にまで注意を払わなければならない。

   と、あらゆる点において悪い条件が揃っておりました(笑)

ただ、1000年以上も昔の職人さんが、 決して充分とはいえない(現代から見て)  道具を使用して、その「高度な技術を持った腕」ひとつを頼りに作ったことを考  えると、「電気の道具、あらゆる目のヤスリや糸ノコのような便利な道具を駆使できる私は文明の力をフルに借りれば、なんとかなるに違いない」と信をつけて、かなり地道にがんばりました。



←鹿頸(ネック)の切り出し
 紫檀という木材は水に沈む程
 硬くて重い木材なため
 本当に大変な作業でした。
鹿頸・絃門の部分を
切り出したままの状態で
組み立ててみました。      →
なんとなくイメージ
できなくもないという
感じですよね(笑)





  

本体などは、何ヶ月もかけて(嫌にならないように、相当マイペースで)、ひた
すらゆっくり作業をしました。木を掘りこむ作業は、すべてノミを持ってトンカンと掘りこんでいきました。

細かい作業をすべて書いてゆくと、膨大なレポートになってしまいますので、
全般的に言えることを書かせていただきますが、どのパーツも非常に複雑な形でしたので、調べに調べて入手した正倉院の琵琶の設計図(というよりは、調査報告書でしたが)をもとに、常に完成した形を立体的にイメージしながら加工しました。それが製作にあたって一番難しかった事です。

パッと見るとできそうなのですが、曲線を出したり(ましてや楕円)、それぞれのパーツの接合部分の加工などには、相当の神経を使いました。

また、当時の琵琶の写真等を拡大したり、つぶさに研究して木目の方向(木目の方向によって音の伝わり方などが微妙に異なるので)を正倉院の琵琶と全く同じにするなどの配慮もかなりしました。
それらの作業が琵琶製作のほとんどの時間を費やしました。


  一通りできたらひたすら磨くのですが、
もともと目の細かい堅い木材ですので磨く
  と鏡のようになります。とても美しいですが、磨く作業は大変でした(笑)



 今回の「琵琶製作」のこだわり 

  

まず、最大の「こだわり」は、『楽器として良い琵琶』を目指して製作したことです。

つまり、正倉院の琵琶をモデルとした「形の模倣」ではなく、
あくまで
「楽器」として製作したということです。
ですから、音色のみならず完成した琵琶を使って美しい「音楽」を奏でられなければ琵琶製作は失敗です。

したがって、製作の中で柱(ギターでいうフレット)を製作するのも、かなり
苦労しました。弦楽器を演奏される方は御存知でしょうが、フレットの高さや
位置が0,5mmでも狂うと音のピッチが狂ってしまいます。

琵琶の場合は、檜の柱を少しずつ削って製作したのですが、1mm削り損ねると音程は狂い、楽器としては「ひどいもの」になってしまいます。
当然、一からやりなおしです。
さらに、加工がうまくいっても、次にそれらを紫檀の鹿頸に接合
する時、前後に1mmでもずれると、これまた音が狂ってしまいます。

前後の柱との高さが1mmでも狂うと、振動した弦が柱にあたって音が鈍ってしまいます。自分の目と(一応、長年楽器を演奏してきて培った)耳を頼りに、少し削っては音を鳴らして確認して、それを何度も繰り返して製作しました。

一見すると何気ない柱が、「音のピッチ・弦の振動・螺鈿との配置・前後の柱との高さのバランス・等をすべて計算して」立てられているわけです。我ながら「よくやった」と誉めてあげたいと思います(笑)。


  

また、楽器には一般的ですが、それぞれのパーツの接合に木工用ボンドの類ではなく、膠(にかわ)を使用しました。 

膠は非常に扱いづらく、日本画などを書かれる方は御存知かと思いますが、使用できる状態にするためだけでも、約二時間以上の時間が必要です。
適度な分量の水に適度な時間浸し、湯煎して使用するのですが、
分量を間違えたり、温度が適度でないとはがれてしまったり、接着が弱くなってしまったりします。

  つまり、接着剤として機能しなくなってしまうということです。
膠を使用出来る「接着剤」にするまでの作業に何時間もの手間隙がかかるわけで、そのようなことにも相当の神経を使いました。

そこまでして膠を使った理由としては、「楽器は修理のために分解することが
でき、何十年何百年と使用できるものが一級品、というよりは、

『楽器とはそうあるべき物』
なのかもしれません。
膠は楽器の接着剤としては最高です。やはり楽器として機能
させるためには市販のボンドの類では…と思いましたし、万が一、分解・修復が必要になった場合のことも考え、敢えて扱いづらい膠を使用しました。(ただし、私の琵琶はどこかのパーツが壊れてしまうと、現代の琵琶とは規格が違うので、また木材からパーツを切り出して・・と、一から製作しなおさないといけないのですが(泣)…。)

そして、漆も使用しました。
素人ですので、ニスという方法もありましたが、しかし!せっかくの琵琶で材料からすべて吟味しましたのでやはり自分自身に納得のいくものにすべく、漆にしました!
ですので、螺鈿の接着、仕上げなどにもすべて漆を使用しております。
 ニスに比べて乾きも遅く、漆を塗ってから乾くまでに埃などがついてしまっては大変です。埃に細心の注意を払いながら塗り、乾燥に二日をおいた後で薄く全体をやすり、さらにもう一度漆を重ねて塗るという作業を何度か繰り返しました。
ですから、漆をかけるだけでも数日も費やし、これもまた大変でした(笑)

螺鈿(らでん)とは、貝の殻を使って装飾する方法なのですが、これについても、せっかくの機会なので色々な技法を使用してみました。
   螺鈿の加工は、大変過ぎて思い出したくありません(笑)。

様々な職人の方々への尊敬の念でいっぱいです。


   
 

 たった一枚の螺鈿を施すにも、(それぞれの技法によっても異なりますが)様々な工程を経て約1時間位はかかります。

  例えば、琵琶の転手(糸巻きの部分)などには、80枚以上の花びらの形の螺鈿が施してありますので、糸巻きの部分だけでも大変な時間を費やしているのがお分かり頂けますでしょうか(苦笑)

そして、さらに螺鈿は全体に施してありますので、どうか想像してみてくださいませ(笑)

装飾のモチーフは、正倉院のものを参考に技法を変えるなどして、好きなように、部分的には自分の好きなモチーフも使いました。





螺鈿(らでん)部分画像

←漆を塗って再びやすったところです

琵琶の槽部分です
この螺鈿はかなり手間がかかりました
でも、後日さらに装飾を増やす計画があります
いつになるかは、謎ですが・・・


  他にも、お伝えしたい「こだわり」や「苦労」が満載なのですが、とりあえず
  きなところでは以上のような感じです。

  ちなみに正倉院にある琵琶、数面のうち、これと同じ「材質・寸法」の琵琶は、
恐らくではありますが、
現在のところ復元されていないと思いますので、
『演奏可能な螺鈿紫檀楓琵琶』
  は、「我が家」と「正倉院」にしか存在しないことになります(爆)






月夜見
(つくよみ)



  
琵琶が完成しました!!

琵琶の銘について、以前掲載をお願いしていたサイトの管理人様が
この琵琶の銘についてのエピソードを書いてくださいました。
その文章がとても嬉しく、また私の気持ちを的確に表現してくださって
おりましたので、許可をいただきましてそのままこちらに使わせて
いただくことにしました。

『月夜見の琵琶』 銘の由来 秘話

                                 by 中宮内侍

   冗談交じりに申し出ましたら、
   本当に由来を説明する大役を仰せつかって
   しまいました(^^;
   院から伺いましたとおり、上手く御説明できるとよろしいのですが。


  
『月夜見の琵琶』には素晴らしい由来があるのでございます〜。
   つくよみと聞けば、皆様 「月読」 を思い浮かべられることでござい
   ましょう。
   もちろん、それもございますが、それではあまりに古代ぶりでもござい
   ましょうし、それだけではないわけでございます。 

   まず、琵琶の銘の由来とは、琵琶の撥面(ボディ)の絵にございます。 
   この御琵琶は、もともと正倉院のものがモデルとなっておりますので、
   もともとは、外つ国の絵がございましたが、院はそれを日の本の人間に
   改められました。
   そして、琵琶のページだけでなく、画所でもよく御覧になられれば尚
   お分かりになるかと思いますが、
   その人物の一人は琵琶を弾いております。
   (もう一人は笛)
   もともと、月夜の管弦の為、月を眺めている絵を、という
   ことで御作りになられた琵琶でございますが、
   絵中には月はございません。
   琵琶の名前からすれば月があるべきなのですが、
   院は、あえて月を描かせず、
   「絵中の人物も私達と一緒に本物の月を眺めよう」
   
とされたわけでございます。
   琵琶の撥面の人物は、月を眺められるよう描かれてあるとの事。
   素晴らしいとは思われませんか?!
   「月の名前だからといって、そのまま月を書いては面白くない」
   と仰り、
   月を描かせぬ趣向はなかなか出来ることではないと思われました。
   私は、由来を伺ったとき、
   あまりの素晴らしさに興奮してしまいました・・
  (御恥ずかしい限り)
   いったい、こういった趣向を凝らせる方が何人おいででしょう。
   このような申し出をしてしまう位に感動をしたわけでございます。
   私はこの手のものに弱くて(笑)院は、本当にすき者でおいでなので、
   いつもこのような事を考えてくださり、頂く歌にしろ、
   普通の御話にしろ、
   期待を裏切る事がなくて、本当に嬉しくて仕方がありません(笑)
   お親しくさせて頂いているからではありませんが、
   最近、自分でもわざとらしい位にほめ過ぎだと思わないでも
   ありませんが、本当に素晴らしいのですから、
   誉めずにはいられません。

   清少納言が乗り移っているとでも御思いくださいませ。
   とにかく、
   皆様に素晴らしいものをお伝えしたい一心なのでございます。

   きちんと伝わったか不安がございますが、以上、琵琶の銘についてで
   ございました。

 

                 
            中宮内侍様、御寄稿ありがとうございました♪


演奏

完成したはいいけど、弾けないでは意味がありません。
古書籍や書物を読み、様々な音源等を考察して
当時の音を出すべく研究を続けています。


せっかくなので、くつろぎ姿でつま弾いてみました。


琵琶の大きさ等がわかりやすいかと思います。


再生ボタンを押すと「月夜見(つくよみ)の琵琶」の音色が聴けます。
演奏は承香院自ら致しました♪
「平調掻き鳴らし」です♪



自室で琵琶の練習です(笑)
こんな感じで平安を実践して楽しんでいます!

音源アップの
仕方が理解できしだい他の音源も
風香殿にアップします・・・。

また、琵琶の捍撥(かんばち《ギターでいうピックガード》)の絵は
絵所」にUPしてありますので、よろしければ御覧になってくださいませ